言問文庫〜読み物のページ

文京区の総合学習塾「言問学舎」の舎主であり、小説家・歌人でもある小田原漂情の作品をご紹介いたします。

『三人の約束』3

2011年03月25日

 洋子が顔を上げると、山本君と武くんは、それぞれが破れかけたプレゼントのつつみを持っています。武くんが言いました。
 「おれたち、なかよく洋子を送るつもりだったんだ。でもここに来て、ほんとにあと一週間で洋子とさよならだって思ったら、なんだか急に、わけがわかんなくなっちゃって。気がついたら、プレゼントのことでけんかになっちゃってたんだ。な。」
「うん。」
それまでは、ただ泣きたい気持ちだけだった洋子にも、二人の思いが伝わってきました。洋子は涙をふいて、むりに明るい笑顔をつくりました。
「ありがとう。プレゼントは二人から、いっしょにもらうわ。」
そう言って、洋子が大きくひろげた両手を二人の前にさし出すと、武くんと山本君も、やっといつもの笑顔にもどりました。そして三人は、プレゼントをかわした三つの手をかさね合わせ、みんなでちかい合ったのです。
「もしも将来、三人のうちだれかが困っていたら、きっと三人で相談してたすけ合おう。・・・みんながおとなになっても、きっとだぞ。」
「ああ。」
「うん。」

 三人は、かたく手をにぎり合いました。その時、丘の上からまだおさないウグイスの声が聞こえてきたのだといいます。
 武くんのプレゼントは、武くんがずっと大事にしていたセミのぬけがらでした。山本君は、前の年の夏休みに海でひろったきれいな貝がらをくれました。そう、三人の自由研究は、身近な生き物の観察だったのです。
「どちらも大切な、お母さんの思い出の宝物(たからもの)だったのよ。」
そう言って寛にほほえんだおかあさんの顔は、まるで三人が約束をかわした少女の時そのままのように、きらきらとかがやいていました。
 その後、三人の約束は、どうなったのでしょう。寛がそれをたずねると、お母さんはだまってほほえむばかりでした。                                
おわり   
posted by 小田原漂情 at 16:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『三人の約束』2

2010年10月19日

引っ越しがいよいよ一週間後となった日曜日。洋子は武くんにいわれたとおり、十一時に根津神社の境内(けいだい)に向かいました。ここに来るのももうちょっとだな、と思うにつけ、胸がきゅんといたみましたが、いつも三人で遊んだ待ち合わせの場所に近づくと、大きなどなり声とはげしい物音が聞こえます。洋子はむなさわぎがして、かけ出しました。見ると、武くんと山本君が、とっくみあいのけんかをしています。
 「やめて、やめてよ。どうしたの。」
けれども二人は、そんな洋子の声が耳に入らないようすで、なおもはげしくとっくみあっています。いや、むしろけんかははげしくなったように見えたので、洋子が来たことはわかっていたのかも知れません。
 「やめてえー!」
とうとう、洋子は泣きながらさけびました。そこで武くんと山本君ははじめてわれにかえり、びっくりしたようすで洋子の前にならびました。
 「やだもん、あたし。だいじな三人のお別れの日に、二人がけんかするなんて・・・。」
洋子は泣きじゃくりながら言います。すると山本君が、横を向きながら小さな声で答えました。
「ごめん。どっちが先にプレゼントをわたすかで、けんかになっちゃって。」
posted by 小田原漂情 at 18:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『三人の約束』1

2010年10月11日

 これは寛が、前にお母さんから聞かされた話です。

 お母さんの名前は、洋子といいます。ですからこの物語りでは、このあとお母さんのことを洋子と呼びましょう。
洋子は小学生の時、生まれ育った東京の本郷から、神奈川県の学校に転校しました。いまから三十年ほど前のことです。
 ちょうど洋子のお兄さん、つまり寛の伯父さんが小学校から中学校へ進学するころで、洋子は五年生に上がる時でした。その春休みに、洋子の家は住みなれた本郷をはなれ、神奈川県の横浜市に引っ越して行ったのです。
 それは洋子が、はじめて別れの主役になった時でもありました。そのころは東京から郊外へ引っ越して行く家が今よりもずっと多かったので、それまでにも友だちが転校することは何度かありましたが、自分がその立場になる、つまりさよならパーティーの中心になってしまうとは、ちょっと前まで洋子には思いもよらないことでした。

 引っ越しが本決まりになったことを、二月の寒い夜の夕食の時にお父さんから教えられると、洋子はふた晩かんがえて、それから親友の真澄ちゃんに打ち明けました。真澄ちゃんもびっくりして、二人ですこし泣いたりもしましたが、すぐに真澄ちゃんが、
「洋子ちゃん、おとなになっても、ずっと友だちでいようね。」
と言って、小指をさし出してくれたので、洋子も気持ちがらくになり、力いっぱい指きりげんまんをしたのです。
 さて、洋子には、ほかにも気になるお友だちがいました。幼なじみの武くんと、三年生から同じクラスだった山本君です。三人は、四年の夏休みに自由研究のグループがいっしょだったので、それからなんとなく、三人で遊んだり、図鑑や本を貸しあったりする仲になりました。
 洋子は、真澄ちゃんに打ち明けたのとはちがって、武くんと山本君には、なかなか転校のことを話せませんでした。もちろん相手が男の子だということもありました。二人きりの親友どうしでなく、三人の友だちだということもあったでしょう。そしてなんとなく、いやな予感のようなものを感じて、洋子はだんだん、気持ちがくらくなってしまったのです。
 そんな洋子のようすに、幼なじみの武くんが気づきました。ある日、二人だけで下校するとちゅう、武くんに問いつめられ、とうとう洋子は、ずっとしまいこんでいた胸のつかえを打ち明けました。武くんもびっくりして、しばらくだまりこんでいましたが、やがてぼそっと、こんなことをつぶやきました。
 「よし、それなら山本と三人で、送別会をしよう。」
送別会というのは、お別れ会のことです。武くんの家はむかしからの旅館なので、武くんは小さい時から、こんな言葉をつかうのがくせでした。
posted by 小田原漂情 at 13:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『かえって来て、ねこ先生』4

2010年09月26日

そして三ニアーがすぎ、ツグラー国のだいせんそうが、ようやくおわりをつげたころ。
みけはかえってきたへいたいたちのしょうどくやてあてにおわれながら、ねこ先生のかえりをまちつづけていました。
けれども王さまがかえり、まいにちおおくのへいたいたちがかえってきても、ねこ先生はかえってきません。

「ねこ先生かえってきて。ねこ先生かえってきて。」

みけのむねははりさけそうでした。あんなにかえりをまっていたのに。
かえってきたへいたいたちのだれも、ねこ先生のすがたをみていないというのです。 

「ねこ先生かえってきて。ねこ先生かえってきて。」

おなじことばをくりかえしながら泣いていても、その声のだんだん弱々しくなっていくのが、西の谷のねこたちには、よくわかりました。
このままではねこ先生もかえってこないし、みけまでもがどうなってしまうかわからない。
だれもがなんとかしなければ、と思いました。
みけはいまでは何かにとりつかれたように、ひるのあいだは死にものぐるいでポンポンちりょうをつづけています。

長老ねこは、王さまのところへいくことを決心しました。
まだこの時代でも、直訴(国のけん力者に直接訴えること)は重いつみになりますから、長老はみけのために自分のいのちをなげだすかくごだったのです。
すると、そのとき。

西の谷への入り口の、灰かぶりとうげのあたりから、さわやかなかぜが吹いてきました。
みんながとうげの方を見上げると、そこにはおみやげをたくさんかかえたねこ先生が、日焼けした顔をほころばせて、立っていたのです。


ねこ先生と再会したときのみけのよろこびようを、そうぞうしてみてください。まわりのねこたちは、そのあまりのけなげさに、みんなもらい泣きしたといいます。
ねこ先生は、やさしくみけの肩をだいて、それまでの苦労をねぎらうのでした。

 それから、ふたりはどうしたか、って?

 マーター国の灰かぶりとうげを地図でさがして、そこからそっと、西の谷をのぞいてごらんなさい。
いまもそこでは、ポンポンちりょうの音がきこえています。
たくさんの子どもやまごにかこまれながら、すこしおじいさんになったねこ先生と、ベテランの名医としたわれるみけ先生がにこにこして、ねこのかんじゃたちをなおしているはずです。

おわり
posted by 小田原漂情 at 07:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『かえって来て、ねこ先生』3

「わしだって、みけさん、きみのことだけが気がかりなんじゃ。
としごろのきみを、ずっとこのねこ医院のためにひきとめてしまったしの。
だがなみけさん。きみはまだ若い。
わしにもしものことがあったら、はやく若いりっぱなオスをみつけて、しあわせになっておくれ。
じゃができるものならば、わしがかえってくるまでのあいだ、このねこ医院をまもっていてくれんじゃろうか。
きみはもうじゅうぶんに、わしのだいりとしてポンポンちりょう(ねこのあしのうらの肉球でマッサージをする、ねこ先生どくとくのちりょうほう)ができるはずだ。
わしのかわりに、このマーター国のねこたちのからだを、まもってやってほしいのじゃ。」 

ねこ先生は、ふかぶかとみけにあたまをさげました。
「わたしもおともします」ということばが、みけののどのおくまででかかっていましたが、ながいことねこ先生のそばではたらいているうちに、みけにはねこ先生のこころが、すっかりわかるようになっていました。
先生はみけを信じていてくれる。
みけのことをいちばん気にかけていてくれる・・・。
やがてみけは、しずかにねこ先生に言うのでした。

「わかりました。わたしにできるだけのことをして、このねこ医院をまもりながら、おかえりを待っています。
・・・でもねこ先生?ひとつだけ、みけにごほうびをくださるって、やくそくしてください。」

ねこ先生は、いつものやさしいほほえみをうかべながらみけにこたえます。

「なんだい。どんなことでも、言ってごらん。」

「きっと、きっとげんきでかえってきてください。
そしておかえりになったときは、みけを、みけを先生のおよめさんにしてください。」

ねこ先生とみけは、だまってみつめあいました。
ねこ紀元二千ニアーまであとすこしの、春のひと夜のことだったといいます。


それからしばらくすると、西の谷のねこ医院のちかくでは、夜ごとにみけの泣くこえがきかれました。

「ねこ先生かえってきて。ねこ先生かえってきて。」

昼間は気丈にしんさつをするみけも、やはりねこです。
夜になるとさびしさに勝てなかったのでしょう。
じじょうをしっているきんじょのおじいさんねこ、おばあさんねこたちは、みけのことをあわれみました。

ツグラー国でのせんそうは、ねこしじょうまれにみるだいせんそうになってしまい、マーター国の王みずからが、さらにおうえんのへいをつれてかけつけるほどでした。
ねこ先生はせんじょうで、やすむまもなくけがをしたねこたちのてあてにはしりまわります。
そのすがたはまるでねこぼとけさまのようだったと、あるへいたいがかえってきて、マーター国のみんなにつたえました。
posted by 小田原漂情 at 07:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『かえって来て、ねこ先生』2

ねこ先生はわかいころ、マーター国の自立のために力いっぱいはたらいた、そのことがなによりのじまんだったのです。
三十ニアーほども年のちがうみけは、ねこ先生がしんさつのあとのばんしゃく(しごとのあと、夕ごはんのあとにおさけをのむこと)でごきげんになると、いつもそのはなしをきかされていました。

「うむ、わしもこんどばかりは、ほんとうにこまったよ。
だがこれは、王さまからのちょくせつのたのみでな。
もちろんわしは、たたかうわけじゃあない。
へいたいどうしがたたかえば、かならずけがをするものがいるじゃろう。
みかたも、てきも、それからじっさいはたたかいにくわわらない、メスねこや子ねこたちの中にもな。

ツグラー国でのせんそうがさけられないいじょう、そこでけがをするであろうねこたちを、すこしでもすくうために、医りょうチームのリーダーとして行ってほしいというのが、王さまのたのみなんじゃよ。まあ、わしがねこ神拳のめいじんで、じぶんをまもれるはずだということも、とうぜんかんがえてのことだろうがの。」

ねこ先生は、ふふっ、とわらいました。でもみけは、気が気でなりません。

「でもねこ先生、いくら先生が拳のめいじんだって、おおぜいのてきにいっぺんにおそわれたら、どうするんですか。わたし、こわいです。しんぱいです。」

「ふむ、たしかに、いざせんじょうにはいってしまえば、わしひとり高見の見物(ひとりでとおくから見ていること)をしているわけには、いかんかもしれん。
なんといってもせんじょうでは、なにがおこるかわからんからの。それはかくごしておる。
それにわしらがつくったねこけんぽうのことも、気にならんわけではない。」

みけはこのときとばかり、ことばに力をこめました。

「そうですよ、ねこ先生。ツグラー国へのおうえんたいの医りょうチームといっても、先生がせんそうにいくなんて、若いねこたちのためにもなりませんわ。どうかもういちど、かんがえなおしてみて下さい。」

みけはひっしでした。けれどもねこ先生は、じっとみけの目を見つめながら言います。

「しかしな、みけさん。 オスねこには、ここでじぶんがたちあがらなければならない、というときが、一どか二ど、かならずあるものなんじゃ。
わしにはこれが、二どめなんじゃよ。」

みけをみつめるねこ先生のひとみのおくに、ふかいかなしみの光がやどっていました。

「もちろん、わしも行くときめたいじょう、できるかぎりのことはした。
マーター国のねこすべてが、心からツグラー国へのおうえんにさんせいできるよう、王みずからがきちんとみんなにせつめいすること。
それから、たたかいで傷ついてかえってきたねこたちのことは、かならず王のせきにんでめんどうをみること。
このふたつを、王にやくそくさせたんじゃ。
どうかな、みけさん。 若いねこたちへのせきにんは、わしなりにはたしたと思うがの。」

「それはそうですけど・・・。」

みけはこころの中で、なきさけんでいました。
それは王さまのため、ツグラー国のため、みんなのためには、ねこ先生はりっぱにせきにんをはたすのかもしれない。
でもみけは、みけはどうなるの。
親子ぐらい年もちがうし、やとわれたかんごふでしかないけれど、でもみけは、ずっと、ずっとねこ先生のことがすきだったのに・・・。
先生はみけのことなんかなんとも思わずに、せんそうにいってしまうのかしら。

みけはおおきな目に、なみだをいっぱいためていました。
でもふときがつくと、ねこ先生の目にも、うっすらとなみだがにじんでいるようです。
posted by 小田原漂情 at 07:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇

『かえって来て、ねこ先生』1

むかし。そう、ねこの世界の時間で三百ニアーほど前のことです。
ニアーとは、ねこたちの一年をあらわすことばで、にんげんの一年とくらべると、だいぶみじかいものでした。
そうですね。一ニアーをにんげんの時間になおすとしたら、二か月くらいになるのでしょうか。

そのころねこの世界では、国どうしのあらそいがつづいていました。
ねこ先生のすむマーター国は、六十ニアーほどせんそうのなかったへいわな国でしたが、
ねこの世界の大きなみんぞくあらそいにまきこまれ、王さまのしんせきの、とおいツグラー国へ、
おうえんのへいたいをださなければならなくなっていたのです。

これはそんな時代の、マーター国の名医ねこ先生と、
先生をしんらいしてささえつづけた、かんごふのみけのおはなしです。


「ねこ先生、きょうのかんじゃさんはいまのぶちさんでおしまいです。」

みけはいつものように西の谷のねこ医院のいりぐちをしめてかぎをかけると、
しんさつしつにもどってねこ先生に言いました。

「ああ、ごくろうさん。」

いつもなら、ねこ先生のやさしいへんじがあるはずです。でもきょうは、なぜかしらそのこえがきこえません。

「ねこ先生?」

みけがついたてのかげからねこ先生のつくえのほうをのぞいてみると、
ねこ先生は白衣もまだぬがす、じっとうでぐみをしてかんがえこんでいます。

「・・・・・・あんなねこ先生のよこがお、はじめて見るわ。何かあったのかしら・・・・・・。」

みけはしんぱいになって、ねこ先生を見つめていました。
するとそのけはいにきづいたのでしょう。
ねこ先生は回転いすにすわったまま、くるりと向きをかえ、みけをよびました。

「みけさん。ちょっとはなしがある。」

ねこ先生のまなざしは、いつになくしんけんです。
みけはおずおずと、ふだんかんじゃのねこたちがそうするように、ねこ先生のまえにすわりました。

「じつはな、みけさん。わしはこんど、王さまがおおくりになるへいたいといっしょに、ツグラー国へいかなければならなくなった。」

「えっ!」

それはみけがこのところ、ずっとおそれていたことです。
マーター国のオスねこたちは、ツグラー国へのおうえんのために、さいきんつぎつぎとよびだしをうけていました。
でもねこ先生はお医者さんだし、きっとそんなことにはならないと、みけはかたく信じていたのです。
いいえ。むりにでも、そう信じたかったのかもしれませんね。

「でも、でもねこ先生。先生はお医者さんだし、ぜったいにけんかやせんそうをしない、へいわしゅぎの方じゃありませんか。
むかしこの国がたちなおるとき、ねこけんぽう(マーターけんぽうともいいます)をつくるのに参加したのがじまんだって、いつもおっしゃってて・・・・・・。 それなのに、なぜ?」

そう、ねこ先生は、マーター国がねこの世界でもめずらしい、王さまを中心としたへいわてきなみんしゅしゅぎをじつげんした、マーターけんぽういいんかいのいいんでした。
posted by 小田原漂情 at 07:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音読と読解の教材・作品篇